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名古屋地方裁判所 昭和41年(ワ)713号 判決

原告 金城恵忠

被告 学校法人豊川閣妙厳寺豊川学園

主文

一、原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

二、被告は原告に対し昭和四〇年一〇月一日から毎月二五日限り一ケ月金三一、九八〇円の割合による金員を支払え。

三、原告その余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方が求めた裁判

(原告)

「一、原告は被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

二、被告は原告が被告学校構内に立入り、就労するのを妨害してはならない。

三、被告は原告に対し昭和四〇年一〇月一日から毎月二五日限り一ケ月金三一、九八〇円の割合による金員を支払え。

四、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

(被告)

「一、原告の請求はいずれもこれを棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、当事者双方の主張

(原告)

(請求原因)

一、被告は私立豊川高等学校を経営する学校法人である。

二、原告は昭和三八年四月被告学校に英語教師として採用され、昭和四〇年一〇月当時は被告から賃金一ケ月三一、九八〇円の支給を受けていた。

なお原告は愛知私学単一労働組合の組合員であり、同労働組合豊川分会に所属する。

三、原告は昭和四〇年一〇月七日、被告より「教員免許をもつていない」との理由で懲戒解雇するとの意思表示を受けた。以後、被告は原告の被告学校構内への立入りを拒むと共に原告に対し同月分以降の賃金を支払わない。

四、しかしながら、本件解雇は次の諸理由によつて無効であるから原告は依然として被告学校の教員たる地位をうしなつていないものである。

(一) 制裁条項の不存在

被告の就業規則第二六条は制裁につき「職務上の義務に背反したとき、又は道義紊乱の行為、国法に背反した行為のあつた時は理事会、人事委員会の議を経て制裁を行う」と規定しているだけで、制裁の種類及び程度に関する定めがない。これは労働基準法第八九条第一項第八号の要件をみたさず、結局、有効な制裁条項を欠くに帰し、かかる就業規則による懲戒解雇はその効力を生じない。もつとも被告には、右就業規則とは別に賞罰規定なるものが存在するが、右規定は就業規則とは関連がなく、また労働基準法第八九条、九〇条所定の手続きを経ず被告が一方的に定めたものであり、就業規則の付属規定とみることもできない。

(二) 賞罰規定所定の懲戒事由に該当する事実が存在しない。かりに右賞罰規定が就業規則の付属規定として有効であるとしても原告には右規定が定める懲戒事由に該当する事実がない。

右規定に定める懲戒事由は次のとおりである。

第四条、教職員に左の所為ありたるときは懲戒する。

1 職務上の義務に違背し過失又は怠慢があつたとき。

2 意識的に校風を破壊し教育上芳しからぬ言動ありと認めたとき。

3 職務の内外を問わず本校の体面を汚すような所為があつたとき。

被告が主張する本件解雇理由は「原告が教職員免許をもたないこと」であるが、右の事実は以下に述べるように被告が右の事実を熟知の上で原告を被告学校教員として採用し労働契約を締結し、かつ原告の免許獲得を故意に妨害したものである以上、右第四条各号のどれにも該当するものとはいえない。

(1) 原告は昭和三七年三月早稲田大学第一政治経済学部を卒業後、福井漁網株式会社に勤務していたところ、昭和三八年三月被告学校校長代理西牟田幸二が原告を東京に訪ね、被告学校英語教員としての就職方を懇請した。原告は教職員免許を有しないことを理由に辞退したが、西牟田は免許は就職した後、ゆつくりとればよいというので、原告は右申出を承諾し同年四月から被告学校の教壇に立つた。

同時期に原告と同様、無免許のまま被告学校の教職員として採用された者に、山田精一、岡田日出男の両名がいるが、右両名は現在も被告学校の教職員として勤めている。

(2) 原告はかねてから教職員臨時免許状の授与を得るため被告学校を通じて検定願を提出すべく準備中であつたところ、昭和四〇年六月はじめ、過労のため病をえ、医師から三ケ月の休養を命ぜられた、ために一時その提出を見合わせざるをえなくなつた(臨時免許を得るには健康も一要件とされている)。しかし、同年九月から再び出校しうるに至つたので原告は同月一六日、必要書類を全てとりそろえて右検定願を被告学校教務主任湯浅英一に提出した。しかるに被告学校は原告の右検定願をそのまま握りつぶして翌一〇月七日、前述のように原告を解雇したのである。ちなみに前記岡田日出男は昭和四〇年六月に、山田精一は同年七月にそれぞれ被告学校を通じて検定願を提出し、その頃、愛知県知事から臨時免許状の授与を受け、原告も解雇後の昭和四二年三月二七日高等学校教諭二級(社会)普通免許状を授与されている。

(三) 解雇権の濫用

仮に教職員免許をもたないことが教職員に対する解雇事由になるとしても前記のような事情、さらには無免許教職員の採用が愛知県下の各私立学校で一般的に行なわれているという実情のもとにおいて、無免許を理由に原告を解雇することは所謂禁反言の原則に反するし、又かかる解雇は解雇の相当な事由を欠きあるいは解雇権の濫用にあたるから無効である。

(四) 不当労働行為

本件解雇は、原告が愛知私学単一労働組合豊川分会の活動家として、学園の民主化、労働条件の向上等のため被告学校に対し積極的に発言し行動したのを、嫌悪し職場から排除する目的でされたもので、不当労働行為であり、無効である。右事実は被告学校の、原告に対する取扱いと原告と全く同様の条件におかれていた前記、山田、岡田の両名に対する扱いとを対比すれば自から明らかである。

五、以上の理由で本件解雇の意思表示は無効であり、従つて原告は依然被告学校に対し労働契約上の権利を有する地位にあり、原告はこの地位に基き被告学校構内に立入り、就労しかつ賃金の支払いを受ける権利を有する。しかるに、被告は原告が労働契約上の権利を有しないと主張し、昭和四〇年一〇月八日以降、原告が労務の提供をしているのにその構内への立入り、就労を拒みかつ賃金を支払わない。

よつて本訴に及んだ。

(被告)

(請求原因事実に対する認否)

一、第一項の事実は認める。

二、第二項の事実中、原告が愛知私学単一労働組合の組合員であつて、同労働組合豊川分会に所属する組合活動家であるとの点は不知、その余の事実は認める。

三、第三項の事実中、被告が原告に対し昭和四〇年一〇月五日教員免許をもたないことを理由に被告学校の職員としての地位を認めない旨の通告をなし、以後、原告の被告学校構内への立入りを拒んだ事実はあるが、一〇月七日、原告を懲戒解雇に処する旨の意思表示をした事実はない。その余の事実は認める。

四、第四項の(一)の事実中原告主張のような就業規則、賞罰規定が存在することは認めるが、その余の主張事実は争う。

同項の(二)の事実中原告主張のような賞罰規定が存すること、被告が原告を教員免許を有しないことを知りながら採用したことは認めるが、その余の主張事実は争う。

同項の(二)の(1)の事実中原告が昭和三七年三月早稲田大学第一政経学部を卒業後、福井漁網株式会社に勤務していたこと、

昭和三八年三月西牟田幸二が同人を東京に訪ね、被告学校英語教員になるよう勧誘したこと、

同年四月から原告が被告学校の教壇に立つたこと、

山田精一、岡田日出男が原告と同時期に免許を有しないで被告学校の教員として採用され現在も被告学校に教職員として勤めていること、いずれも認めるが、その余の主張事実は争う。

同項の(二)の(2)の事実中原告が昭和四〇年六月はじめ病のため医師から三ケ月の休養を命ぜられたこと、

同年九月一六日、原告が教職員臨時免許状の授与を得るための検定願を被告学校教務主任湯浅英一に提出したこと、昭和四〇年六月に岡田日出男が、同年七月に山田精一が、それぞれ被告学校を通じて検定願を提出し愛知県知事から臨時免許状の授与を受けていること、

原告が昭和四二年三月二七日高等学校教諭二級(社会)普通免許状を授与されていることは認めるが、その余は争う。

第二項の(三)及び(四)の事実は争う。

(被告の主張)

一、本件採用行為は無効である。

(一) 被告は昭和三八年四月原告を、教職員免許を持たないことを知りながら採用したが、右採用にあたつては「原告が採用後、遅怠なく教職員免許法(以下単に免許法という)第五条第三項の臨時免許状の授与を受けること並びに爾後三年間以内に普通免許状を取得すること」を条件とした。本件採用は通常の労働契約と異なり被告学校の教育職員としてのものであるところ、免許法第三条第一項は「教育職員はこの法律により授与する各相当の免許状を有する者でなければならない」と規定し、これに違反する行為に対しては罰則規定を設けている(同法二二条)。

右の各規定に徴すれば、免許法第三条第一項の規定(免許状を有すること)は、教育職員については、その身分を取得するための資格要件であると共に、その身分の継続も資格の保有を前提とするものであるといわざるをえない。

そして本件採用行為が免許法第三条第一項に違反するものであることは明白であり、従つて本件採用行為は当然無効である。

(二) 昭和四〇年一〇月五日、被告が原告に対し教員免許をもたないことを理由に被告学校の教育職員としての地位を認めない旨の通告をしたのは、右の違法かつ無効な状態を将来に向つて排除するための通知若しくは事実行為にすぎない。

二、仮に本件採用が有効なものとしても、被告は原告に対し、昭和四〇年一〇月五日、解雇の意思表示をした。

右解雇の意思表示は、次のような正当事由に基く有効なものである。

(一) 本件採用において、原告は採用後、遅怠なく免許法第五条第三項の臨時免許状を取得するよう注意されていた。このことは、臨時免許状授与申請手続が簡易なもので、基礎資格を有する者なら三ないし四ケ月で同免許状を取得し得る実情と、愛知県総務部学事課の免許法の運用に関する行政指導が強化されつつあつた状況に鑑み、強くこれを説明し原告の諒承を得ていた。

臨時免許状授与申請の手続は、原告が(1)卒業証明書(2)学業成績証明書(3)履歴書(4)戸籍抄本(5)身体に関する証明書(6)誓約書(7)教育職員検定願を被告学校に提出し被告学校は、理由書と人物に関する証明書を作成してこれを愛知県知事に提出し、教育職員検定を受ける。

しかるに、原告は本件採用の昭和三八年四月以降、被告の再三再四の催告にもかかわらず昭和四〇年九月一六日に至るまでの約二年五ケ月の間、臨時免許状授与申請に必要な書類を完備しなかつた。これは全く原告の怠慢によるものである。

原告は昭和四〇年九月一六日に至り、ようやく前記(1)乃至(7)の書類をそろえ被告学校教務主任湯浅英一に提出した。ところがそのうち「身体に関する証明書」には「要加療軽業可」とあり、激務といわれる教育職員としての業務にたえられない身体状態と認められた。従つて、被告学校としては、その作成すべき「人物に関する証明書」の評定事項中、「健康」については「不十分」また「指導力」「能率」「信頼感」については教育職員として要求される健康体を欠くことから「やや不十分」の評定をなさざるをえなかつた。そこで、その頃、被告学校において所轄庁たる愛知県総務部学事課に内申したところ、臨時免許状授与は難かしいとのことであつたので、被告学校としては不許可を予測し申請手続をさしひかえていた。

(二) 私立学校に対する教育行政の指導監督は都、道、府、県の総務部学事課がその行政指導を行うのであるが、愛知県総務部学事課の行政指導は昭和三四年頃から漸次強化され免許法の運用に関しても行政指導が、ますます強化され無資格教育職員の排除を強く要請する状況にあつた。

(三) かかるすう勢の下に、被告は無資格教育職員を排除するためやむなく原告を解雇したのである。

従つて、被告のした本件解雇には正当事由があり有効なものである。

(被告の主張に対する原告の答弁)

(本件採用行為が無効であるとの主張について)

一、免許法第三条第一項の規定は効力規定ではなく取締規定と解すべきであるから、右規定に反した法律行為でも私法上は有効である。本件採用に際して被告がその主張するように「原告が採用後、遅怠なく免許法第五条第三項に規定する臨時免許状の授与を受けること並びに爾後三年間以内に普通免許状を取得すること」を条件としたとしても、以下に述べる意味において原被告間の契約は有効である。すなわち、原告は大学卒業者で臨時免許状は申請をすればいつでも授与を受けられる法的資格を具備しているのであるから、原告が臨時免許状を授与されるまでの間、被告は原告を教壇に立たせてはならないだけであつて、それ以外の仕事、たとえば事務職員等としての仕事をさせる等して臨時免許状の下付を待つて、その上で教壇に立たせれば良いのである。この間、被告は約定どおりの給料支払債務、原告の臨時免許状取得手続に協力する債務等を負担し、他方原告は臨時免許状取得手続をする債務、労働を給付する債務等を負担することとなる。原被告間の労働契約は右の如き契約として有効と解すべきである。

二、仮に被告主張の理由で本件採用行為が無効だとしても、被告は原告が教育職員の資格要件たる免許状を有しないことを知りながら、大学を卒業し既に就職している原告に被告への転職を懇請し、原告が免許状を有しないことを理由に固辞したのに、免許状を取るのはゆつくりで良いと言つて、あえて原告を採用したのである。従つて、被告は原告が免許状をとるように協力指導すべきであるのに、原告が被告を通じて免許状の検定願いをするべく、書類を委託したのに、これを握りつぶし、その上で原告が免許状を有しないことを理由に、原被告間の採用行為が無効であると主張することは禁反言の法理に照しあるいは信義則上許されない。

第三、当事者双方の証拠の提出、援用及び認否〈省略〉

理由

一、争いない事実

請求原因第一項の事実および原告が昭和三七年三月早稲田大学第一政治経済学部を卒業後、福井漁網株式会社に入社していたこと。

昭和三八年三月被告学校の教師西牟田幸二が原告を東京に訪ね被告学校の英語教師になるよう勧誘したこと。

同年四月原告は免許法に規定する免許なしで被告学校と契約を締結し直ちに教壇に立つたこと。

原告と同時期に無免許のまま被告学校と契約を締結し教壇に立つた者に山田精一、岡田日出男の二名があり、岡田日出男は昭和四〇年六月に、山田精一は同年七月に、それぞれ被告学校を通じて臨時免許状の検定願いを愛知県知事に提出し臨時免許状の授与を受けていること。

昭和四〇年六月はじめ原告が病いのため医者から三ケ月の休養を命ぜられたこと。

同年九月一六日、原告が臨時免許状授与申請についての必要書類を被告学校教務主任湯浅英一に提出したこと。

原告が昭和四二年三月二七日高等学校教諭二級(社会)普通免許状を授与されていること。

二、被告は昭和三八年四月に原告と被告間で締結された契約(以下本件契約という)は、免許法第三条第一項の規定に違反するから当然無効であると主張するので先ずこの点につき検討する。

前項争いのない事実に成立に争いのない甲第一、五、六号証、乙第三号証の一ないし七、第四、五号証、第六、七号証の各一、二、第八号証の一ないし九、第九号証の一ないし七、第一〇号証の一ないし八、証人中野恭一の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証の一ないし四、第二号証、証人岡田日出男、同西牟田幸二、同金城和子、同中野恭一、同野田史朗の各証言および原告本人尋問の結果(但し、いずれも後記認定に反する部分は除く)を綜合すると次の事実が認められる。

原告が被告学校に採用された昭和三八年は所謂ベビーブームの影響で高等学校の生徒の急増期にあつたのに当時教師のなり手が比較的少なかつたため愛知県内の私立高等学校の一部では教師集めに奔走していた。そして免許法第三条第一項によれば教育職員は同法により授与される免許状を有していなければならないのであるが、私立高等学校が普通免許状を有する者を採用することができないときは臨時免許状を有する者を採用することができ、且つ右臨時免許状は知事が二年以上大学に在学し六二単位以上修得した者(以下基礎資格を有する者という)の申請に基き、比較的簡単な書面審理で短期間中に授与していたので、普通免許状所持者の採用に苦慮していた愛知県内の私立高等学校の一部では基礎資格を有するが免許状を持たない者を採用して欠員を補充し、採用後に臨時免許状を取らせていた。私立高等学校の教育職員免許状に関する行政指導を行つていた愛知県総務部学事課も私立高等学校が同課に提出する私立学校教職員名簿の免許状種別欄に「臨時免許申請中」と記載してある場合でも、これを理由に当該私立高等学校に具体的な行政指導を行つた事跡はなかつた。被告は私立豊川高等学校を経営する学校法人であつたが、昭和三八年の生徒急増等により新たに教師一二名を採用することになつたところ、内九名については普通免許状所持者を採用することができたが、後三名については有資格者を獲得することができなかつたので、基礎資格を有する者を採用し後に臨時免許状を取らせることになつた。原告は昭和三七年三月早稲田大学第一政治経済学部を卒業後、福井漁網株式会社に入社し、貿易業務に従事していたが、昭和三八年一月頃、被告学校商業科の部長で校長の意を受けて教員の獲得に奔走していた西牟田幸二(以下西牟田という)が原告を東京に訪ね、被告学校英語教員に就職するよう勧誘した。原告は当時教員免許状を有していなかつたので、その旨を西牟田に告げたところ、同人は「原告は臨時免許をとれる基礎資格を有しているのだから採用後に被告学校の係の指示に従つて臨時免許の申請手続をすれば良い。」旨説明したので、原告は被告学校に就職後教員免許状を取れば良いと考え昭和三八年三月頃、被告学校と雇傭契約を締結し、同年四月一日から被告学校の教師として勤務することになつた。昭和三八年五月上旬頃、原告は被告学校の教務主任で臨時免許申請等の係をしていた湯浅英一から臨時免許状の申請をするようすすめられ、必要書類を教えられたので、右の申請をしようと思い必要書類のうち卒業証明書、学業成績書等を取寄せた。その他の書類については湯浅の指示が間違つていたり、湯浅から指示された大学総長の推薦状、本籍地町長の説明書類等がそろわず書類が不備なうえ、右のような指示を受けた際、湯浅教務主任から、「原告の都合の良い時に必要書類を出してほしい」といわれていたので、急いで臨時免許状の申請をする必要はなく、それより本免許を取るのが先決だと考え、その後湯浅から催促もないまま右の申請手続を延引していた。昭和四〇年五月頃、原告は湯浅から臨時免許状申請に必要な書類を出すよう催告され、昭和三八年五月頃、取寄せた書類を持つて行つたが、古いものは新しいものと変えるよう注意されたので、再度必要書類を取寄せていたところ、昭和四〇年六月一〇日頃から胸部疾患で入院することになり、右書類の提出が遅れていたが、同年八月中旬頃までに右必要書類のうち「身体に関する証明書」を除く書類を妻を通じて湯浅に提出し、右証明書も、退院後間もない同年九月一六日頃湯浅に提出した。右証明書には「昭和四〇年六月発病、経過良好にて胸部X線にて陰影消失、排菌なし血圧正常、要加療、軽業可。」と記載されてあつた。被告学校は昭和四〇年一〇月五日人事委員会を開き協議した結果、原告が臨時免許状をもつておらず、また病弱であるためこれを取得する可能性も薄いことを理由に原告に任意退職を勧め、これを聞きいれないときは解雇することを決定した。これに基き被告は原告に退職を勧告したが、原告が任意退職を承諾しないので同年一〇月七日原告に対し教員免許状をもつていないことを理由に懲戒解雇にする旨の意思表示をした。原告と同年度に教員資格のないまま採用された岡田日出男は、昭和三九年五月頃、湯浅の指示で臨時免許状申請に必要な書類を湯浅に提出したところ、湯浅は右書類が不備であることを理由にこれを昭和四〇年五月頃まで愛知県教育委員会事務局管理部教職員課免許係に提出せず放置していた。右岡田日出男は昭和四〇年六月三〇日、同じく昭和三八年四月に採用された山田精一は昭和四〇年八月三一日各臨時免許状を授与された。被告が昭和三九年度に採用した教員一六名のうち二名が、同四〇年度に採用した教員三二名中一四名が無資格者であり、そのうち昭和四〇年度に採用された高木勲は原告が解雇された後である昭和四〇年一一月三〇日にいたつて臨時免許状を取得した。

右認定に反する証人西牟田幸二、同中野恭一の各証言は前掲各証拠に照して信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

被告は昭和四〇年一〇月五日、原告に対し教員免許をもたないことを理由に被告の教育職員としての地位を認めない旨、通告したが、原告を解雇したことはない旨主張するが、右主張にそう証人中野恭一の証言は前掲甲第一号証および原告本人尋問の結果に照して信用できず、他に右主張を認めるにたりる証拠はない。

被告は、本件雇傭契約は原告を英語教師として雇うことを目的とする契約であるところ、原告には教員免許がないから、免許法第三条第一項に違反し無効である旨主張する。

しかし前記認定事実を綜合すると、原、被告とも本件雇傭契約締結当時教育職員として勤務するためには免許状が必要であることを知つていたのであるから、本件雇傭契約を被告主張のように解すると、原、被告は自らそれと知りながら無効な契約を締結したことになり、その真意にそぐわないことになる。本件雇傭契約は、原告が免許状を取得したとき教師として授業をさせること、原告の右免許状取得が事実上または法律上不能あるいは著しく困難となつたときは本件雇傭契約は当然失効する旨の解除条件付契約であつたと解するのが、当事者の意思、契約目的にもそい正当と解される(このことは被告校長証人中野恭一がその証人尋問において、原告を解雇した最大の理由は原告が胸部疾患で教職に耐えられず、このような状態では臨時免許状の申請をしても不許可になる可能性が強いところにある旨供述していることからも推測される)。原、被告間の契約の趣旨を右のように解すれば、原告を教壇に立てることが免許法に反することになるとしても、右の契約自体がこれに反し違法となるものではない。

ところで、前掲甲第五、六号証に証人野田史朗の証言および原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は解雇直後である昭和四〇年一〇月一二日頃、豊橋市民病院で再度診察を受けたところ「化学療法を行ないながら平常勤務可能と認める。」旨診断されたこと、臨時免許状の事務を取扱う愛知県教育委員会事務局管理部教職員課免許係では臨時免許申請書が胸部疾患治癒後要加療軽業可の診断がされていても、それだけでは申請を不許可にせず今一度専門医に診察させたり詳しい資料を提出してもらつた上で許、不許を決定すること、原告は退院後昭和四〇年九月一〇日から勤務につき(但し入院前より週五時間授業時間が減縮されたが翌一〇月七日から通常の持時間に帰ることになつていた)、何等身体に支障がなかつたことが認められ(これを覆えすべき証拠はない)、原告が昭和四二年三月二七日高等学校教諭二級(社会)普通免許を取得していることは当事者間に争いがない。

以上認定事実によると被告が原告を解雇した昭和四〇年一〇月七日当時原告の免許取得が不能あるいは著しく困難であつたとはいえないから、本件雇傭契約の解除条件は未だ成就しておらず本件雇傭契約が無効であるとする被告の主張は失当である。

三、よつて次に被告の前記解雇の意思表示の効力につき判断する。

被告は原告が契約に反し遅滞なく臨時免許状を取得せず、監督官庁より強く無資格教育職員の排除を要請されたので、やむなく原告を解雇したものであり、被告の右解雇には正当な事由がある旨主張する。

前記認定によれば、原告は被告学校に雇傭された後、本件解雇までの間約二年六ケ月臨時免許状を取得していないが、それは前記のとおり教務主任湯浅が事情を知らない原告に対し強く臨時免許状申請を催促せず、かえつて「原告の都合のよい時に必要な書類を出してほしい」など誤つた指示をしたことが主要な原因となつている。原告は湯浅の指示に従い昭和四〇年五月頃から臨時免許状申請に必要な書類を取寄せ準備していたところ、同年六月一〇日頃、結核にかかり、入院したため手続が遅れ、退院後間もない同年九月一六日には必要書類全部を湯浅に提出し臨時免許状申請手続を依頼したのであり、手続を急がなかつたことに原告にも過失があるとしても、被告主張のように原告が契約に反し怠慢にも手続を怠つたため臨時免許状取得が遅れたとは認め難い。

被告は原告と本件雇傭契約を締結した際、原告が採用後遅滞なく臨時免許状の授与を受けること並びに爾後三年間以内に普通免許状を取得する旨の条件を付した旨主張し、証人中野恭一、同西牟田幸二は原告を採用した際、臨時免許状を早く取るよう指示した旨証言しているが、右は証人岡田日出男の証言および原告本人尋問の結果に照して信用できない。

被告は原告を解雇した当時、監督官庁が特に強く被告に対し無資格教員の排除を要請していたと主張するが、右主張事実を認めるにたりる証拠もない。かえつて前記認定に前掲乙第一号証の一ないし四を綜合すると、監督官庁である愛知県総務部学事課も昭和三九、四〇年当時は私立学校に対し無資格者を即刻排除せよという行政指導は行つておらず、かえつて基礎資格はあるが無免許のまま教壇に立つている教師が多い実情を考慮し、これをなくすため学校当局が極力当該教師に免許を取らせるよう指導通達していたことが認められる上、仮に被告主張のような行政指導があつたとしても、原告は前記のとおり本件解雇当時臨時免許状取得に必要な書類を湯浅に提出しており、右申請により近い将来臨時免許状が授与される可能性もあつたのであるからこれを理由に解雇することは許されるべきでない。

以上のとおり被告主張の解雇事由は認められないから、本件解雇はその必要性を欠き無効なものというべきである。

四、以上の次第で原告は依然として被告に対し労働契約上の権利を有するところ、原告が昭和四〇年一〇月一二日当時の賃金債権額が月三一、九八〇円であつたことは当事者間に争いがない。従つて本件解雇の意思表示が無効とされた以上、原告より被告に対し毎月三一、九八〇円の支払いを求める請求は正当である。

五、被告が右の日時以降、原告の被告校内立入を拒否していることは当事者間に争いがない。しかし被告が原告の立入を拒否しているのは、原告が労働契約上の地位にないとしてこれを排除しているからであり、裁判上、原告の労働契約上の地位が認められた場合になおかつ被告が原告の校内立入を拒否すると認めるにたりる証拠はないから、この点に関する原告の請求は失当である。

よつて右の限度で原告の請求は理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川正世 元吉麗子 三関幸男)

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